名古屋高等裁判所 昭和28年(う)757号 判決 1953年10月14日
控訴人 被告人 玄鎬周
弁護人 林武雄
検察官 竹内吉平
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人林武雄名義の控訴趣意書に記載されている通りであるからこれを引用する。
原判決の挙示する証拠によれば本件パチンコ遊戯により取得したパチンコ玉は更にその後の遊戯に使用し得るほか、これを遊戯店に提出して一個金貳円の割合に相当する商品との交換を請求し得る権能を有するものであつて、この権能はパチンコ玉の所持に随伴するものであることを推認し得るところであるが故に商品と交換する以前においても、かかる権能の化体するパチンコ玉はそれ自体右割合相応の経済的価値を有し財産的評価の対象となり得るものであること一般取引の通念に照らし疑なきところであり、従つて右パチンコ玉は明らかに独立して財産権の目的となるに適するものであると謂わねばならない。而して原判決挙示の各証拠を綜合すれば被告人は他と共謀の上かかるパチンコ玉の経済的価値を自由に支配する意図の下に原判示の通りパチンコ店みかど事加藤愛子方においてパチンコ機に対し磁石を用い、パチンコ玉を当り穴に誘導落し入れてパチンコ機を作動させ景品玉を流出させる方法により右加藤所有のパチンコ玉約四百個を取得したものであるという原判示の事実を優に認定し得るところであつて、これは畢竟被告人等が不正領得の意図の下に権利者たる加藤愛子の事実上の支配を排除して窃かに本件パチンコ玉を自己の支配に移したものであるにほかならないが故にこの時期において窃盗罪の成立を認め得るは当然である。記録を精査するも原判決には何等所論の如き事実誤認の過誤はないから論旨は採用しない。
原判決には他に破棄に値する瑕疵がなく本件控訴はその理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却すべきものとする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 羽田秀雄 判事 鷲見勇平 判事 小林登一)
弁護人林武雄の控訴趣意
原判決には事実誤認がありその誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破毀せらるべきである。
(1) 原判決認定の被告人が判示日時判示場所に於て磁石を用いパチンコ玉を流出させて取得した事実は明白である。原判決は右事実に対して被告人がパチンコ玉を窃取したものと認定しているものである。然し乍ら右事実に於て原判決挙示の証拠を以てしては被告人にパチンコ玉の領得の意思があつたものとすることは不合理である。パチンコ遊戯に於てパチンコ玉を流出させて取得することは、たとえそれが正常な遊戯の結果により取得しても又は本件の如く不正な方法によつて取得しても取得した遊戯者の意思はそのパチンコ玉を「自己」の所有権と同様にその経済的用法に従い之を利用又は処分する意思があるものではなくその玉を遊戯店に提出して景品と交換する意思があるに過ぎない。
(2) 従て単にパチンコ玉を流出させその玉を取得した状況に於てはその取得が正当な遊戯によろうと不正な手段によろうとその玉を他に持去つたのでない限りパチンコ店主は何等の損害を生じていないものであつて財産罪に所謂「損害」が発生しないものと謂うべきである。不正手段により取得したパチンコ玉を以て景品と交換した時詐欺の事実が成立し詐欺による被害が生ずるものと見るべきである。以上の点より本件に於ける事実認定の程度に於て之を窃盗罪と認定することは事実の誤認があり破棄せらるべきものである。